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カルマの棘

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「DVシェルター」

私が受けた受難のドラマの全ては
小学4年生に凝縮されている。

そして今、私は、別の記憶のなかで
ランドセルを私に預けて
波打ち際でキャツ、キャツ、言いながら
はしゃぐ小6と小4になった
二人の息子を、眺めている。

ここは江ノ島。

寄せては返す波の音を聴きながら
潮風に髪をなびかせている私は
その記憶の浜辺で何をしていたのだろう?



私はその時、ぬぐってもぬぐっても
じわっと、あふれてくる涙を隠しながら
海岸から江ノ島へと続く防波堤に腰掛けて
湘南の海に最後の別れをしていた。



結婚したら湘南に住むのが私の夢だった。


その夢が実現し、新居も建ててもらい
子供達には犬を買ってあげて
富士山をながめながら暮らしていた。



それら全てが砂に書いたラブレターよろしく
消え去ろうとしている。


大好きなこの湘南の海自体が
私にとっては、私を苦しめる幻想なんだと


この海と,夫のDVは表裏一体なのだから
この全てへの執着を、
一度、手放すのだと
私は自分に、言い聞かしていた。



どんなに魅力的だとしても、
今こそ、私は、
湘南での生活にさよならを告げなければいけないのだ。



私と二人の息子は、この数日間、DVシェルターにいた。


DVシェルターとは、配意遇者のDVがひどく
保護が必要と判断された女性、母子が
行政措置の一環として
一時的に避難する場所であり、
カウンセリングを通じて、
新しい生活が出来るように、
自立を支援する機関であり
私たちは1DKの部屋で保護されていた。




台所があり、バストイレ洗面所があり
和室の部屋にはTVもあり
食糧もお金を出して頼めば、
大抵のものは手に入るのだが、
外部との接触は全て遮断されている。


部屋は明るく芝生が敷かれた小さな庭もあるけれど、
高い塀に覆われていて、外出は許されない。


特に、配偶者との連絡は一切、禁止されている。



何故なら、その配偶者からのDVに耐えかねて
保護を求め、その申し入れが受理された婦女子として
シェルターへの入室が許されたからである。



DV被害者は、往々にして、
加害者である配偶者のもとへと
再び帰っていくケースが多く、
そのたびにDVはエスカレートしていく。



そこには、
あそこまで暴力をふるっても
のこのこと、帰ってきたのだから
それ以上のことをしても良い、
という理屈が作用するといわれている。




今となっては
シェルターでの記憶すら
ぼやけてきているけれども
書き留めておきたい。
私の悲惨な体験が、
もしかしたら誰かの役に立つかもしれない。


場所はいえないけれど
そこは堅牢な建物の一角にあり
出入りの自由なないけれども
安心感と清潔感から出来ている。



そして何よりも「静けさ」に満たされている。


入所したのは夕方に近かったが
私はすぐに最初のカウンセリングを受けた。




息子達には一人、女性がつき
私用のカウンセリング室には
二人の女性が待っていた。




どちらも初老の女性だったけれども
一人は柔和で物腰も柔らかく
私に対しも、
圧倒的な共感を示してくれたけれど
もう一人の女性は目が釣りあがり
ぴりぴりとしていて、物言いも刺々しかった。




第一回目のカウンセリングの結果、
私の担当は物腰の柔らかい女性に決定し、
私は色んなことを彼女に話していた。



今まで誰にも言えなかったこと
自分の胸にだけしまっていたことを
第三者に話したことにより、
私は随分と楽になっていた。


例えば・・・

一度、真夜中に、
パジャマのまま、家を飛び出した時、


近所の交番に行ったら、
おまわりさんはいなく
代わりに机の上に電話があり


「緊急の場合はこの電話を使って連絡してください」
と書かれていたので、連絡をしたら


「パジャマはスケスケではないですか?」と聞かれ
一瞬、間を空けて
「スケスケではないです」と答えたら
電話の向こうで、どっと笑いが沸き起こり
とても絶望的な気分になったこと。



何度か別居したが、いつも離婚にいたらなかったこと。

やり直すたびに、暴力がひどくなってきたこと。

それなのに帰ってしまうのは、夫以上に周りの人たちの
言動に傷ついてしまうからだ、ということ。


最大の壁は、実家の母親と衝突してしまうこと。


母親につべこべ言われるくらいなら
夫のほうがマシに思えてしまうこと。


そういう頃を見計らって夫が連絡してくること。


世間の厳しさと自分自身の寂しさに負けてしまうこと。


そして幾つもの仕事を
精力的に掛け持ちする夫は
睡眠時間が極度に少なくなり
適度な休息ではなく
自己過信から「薬物」に手を出し
一時は、私自身もそうであったこと。


のみならず私はその結果、
運よく助かりはしたものの、
生死の境をさまよい、
一ヶ月の入院生活を送ったこと。



子供に対してそんな自分が嫌でたまらなかったこと。




それでも夫が、
薬物無しの生活に耐えられるよう専門の病院に入院し
治療をする勇気があるなら、支える気持ちはあること。



しかしそういう気持ちを伝えたことはないこと。


これらの内容を受けて、担当の女性は


「別れる前に、もう一度だけ、
 ご主人の会社の上司に連絡をいれて、
 治療してくれるなら、
 やり直したい気持ちがあることを伝えてもらう」
という具体的な方針を立ててくれたのだが、
この試みは見事に失敗してしまった。



何故なら、翌日、
意を決してだんなの会社に電話したところ、
電話を取った女性が、希望した上司にではなく、
夫にその電話をつないでしまったのである。





仰天した私はあわてて電話を切ったものの
DVシェルターにおいては、
いかなる理由があろうとも
保護された者が、
配偶者に連絡を取ることは許されず
その規則を破った場合は、
シェルターを出て行く仕組みになっている。




その日、私の担当者は休みの日であり
かわりに私をサポートしてくれた人が
「今すぐ出て行って欲しい」
とすごい剣幕で私に詰め寄るので、


私は、夫に連絡を取ろうとしたのではないが
電話を受けた会社の人が、どういうわけだか
夫にその電話をつないでしまった、
という経緯を何度も説明した。


けれども担当の女性は
「出て行って欲しい」の一点張りなので、
私もだんだん頭に来てしまい
「出て行きます」と断言してしまったのである。



あくる日、私の担当者が

「どうして出て行くなんて言ってしまったの」

と言うので、執拗に出て行けと言われ、
そう言わざるを得なかったと答えると


彼女は、泣きそうな声で、こういった。

「明日、私と決めるといえばよかったのに。」

「そういう短絡的なところが貴方のいけないところなのよ」

「でもね、何でも交渉次第だから、特に役所に対しては
 希望の結果が得られるまで、 根気よく相手を説得するのよ。
 あなたなら出きるわ。」


「それから、一年間は、どんなことがあっても
 ご主人と連絡を取り合っては駄目よ。
 連絡してしまうと。貴方みたいなタイプは、
 すぐに寄りをもどしちゃうからね。
 戻っても今のままでは、もっと、ひどくなるだけよ。
 貴方はもう散々、それを経験してきているわよね。」


 「一年、たてば、人間は理屈じゃなく、
  新しい現実を受け入れられるようになるんですって。
  このことを忘れないでね」




それからの一年間は、想像を絶するくらい、過酷なものであった。



夫からのDVに悩むことはなくなったものの
子供達は、登校拒否を起こしていた。


特に下の男の子は部屋の中に段ボール箱を置き、
寝る時以外は、そのダンボール箱のなかから
出てこなくなってしまったのである。
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