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部族・ゼロ次元・70年代FEEL

[小説]☆無意識からのメッセージ☆第ニ章☆『人間と宇宙のまつり、ならびに部族、ゼロ次元との出会い』

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京都市内の夏は どこまでも暑く その暑さには 逃げ場がない

私はそのころ 京都の町で 予備校に通っていた。


★BGMはビートルズのレヴォールーション・・・

ほんやら洞


京都:今出川通りのほんやら洞


私が通っていた高校はそこそこの進学校であり 

大親友の敏ちゃんは現役で同志社大学の文学部英文科にはいり

中学時代交換日記をしていた初恋の松原君は

学部は忘れたけれど関西学院大学に現役合格していた。




そして私はといえば 御所も同志社大学も通り越して

通称カンブリッジ大学とよばれる予備校に通っていた。


カンブリッジには 京都だけではなく 

芦屋から通っている女の子もいた。

彼女は大学で古典を教える教授の娘で 名前はテルヒ であり

妹は ハルヒというのだ、と教えてくれた。

私は彼女のこの名前の響きがとても好きだった。


なぜか彼女と私は気が合い、授業のあと、

将来について語りあうことが多く

私も彼女も地元関西の大学ではなく、東京の大学を目指していた。

しかも二人とも、現役時代には、ストレートで入れたであろう

お嬢様大学である女子大をけって、あえて浪人生活を選んでいた。



★BGMは ビートルズのAnd I love her ★アンド・アイ・ラヴ・ハー★




予備校にはそういう女の子がおおかった。

私は共学の進学校出身だったけれど

おしゃれな子はたいてい、進学校ではなく、

女子大の付属高校出身だった。

なかでもノートルダム女子大、

通称「ダム女」出身のたかこちゃんは群をぬいていた。

共学、女子高、公立、私学という差はあるものの

私たちの共通項は、たぶん、

「敷かれたレールには従いたくない!」だった。



たとえば、彼女は美大を希望しており、

私は青山学院大学が第一志望だった。結果的に 合格したのは 

青学ではなく 第三志望の法政大学だったけれども。



通常、浪人するといえば、

国立大か私学なら早稲田、慶応が目標であり

関西なら関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学、

略して関、関、同、立が目標ということになり、

予備校の講師はそれを鼓舞する。


カンブリッジもご他聞にもれず、

講師のほとんどは同志社出身で、そういうなかにあっては

美大を目指すテルヒと、

青山学院大学を目指す私は、

そもそも、どこかしら、ずれていた。


南禅寺

京都:南禅寺


そろそろ二学期がはじまるという、そんなある夏の日の夕方、

恵子ちゃんという後輩がやってきて、

「明日から長野の山の中で

『人間と宇宙のまつり』という

すっごいイヴェントが開催されるから

私の代わりにいって来てほしい」


というのだった。



★BGMは STAND BY ME  ★ スタン・バイ・ミー by John Lennonで



いっこ年下の恵子ちゃんは置屋の娘で、

家は花街にあり、その花街は私が通う学区のなかにあった。


恵子ちゃんのお兄ちゃんと私は

同じクラスになったことは一度もなかったけれど同級生だったし

クラスメートのなかにも料亭の娘がいたりして、

私はその子に気にいられていたので

放課後、わたしはよくこの花街で遊んだ。



宿題をすまして おぶとおやつをいただく。

おぶとおやつは丸いおぼんの上にのっていた。

私たちはそれぞれのおぼんだけをもち階段を下りて

音が出ないように すのこの上を爪先立ちで歩き、

長い廊下をわたり その奥にある薄暗い台所にいく。

クラスメートのお母さんはたいてい着物を着ていた。

庭先で水打ちをしていたおばあちゃんは洋服をきていたけれど、

髪型は和服結いだった。


格子戸のとおり



木の音がする

一種独特な趣が漂う家屋のなかでかくれんぼをしたり

するとあたりには粉おしろいや匂い袋の香りがすっとただよい

浴衣姿の芸子さんがお風呂の道具をもって時折いきかうような

秘密めいていて、情緒ゆたかな路地でまりつきをしたり


上級生のお姉ちゃんたちにゴムとびを教えてもらたっりした。

恵子ちゃんはそんな時、いつも、その場には居るのだけれども

けっしてその遊びの輪には加わらず、

かといって退屈してるわけでもない様子で

ほかの子供たちを観察している、そういう子供だった。


ほおずきさん



そんな恵子ちゃんとは、中学校は別だったけれど

高校でまた一緒になり、

浪人をきっかけとして

同級生との間にある種の疎外感を感じていた私は

再び、ちょくちょくと、花街にあった、

一学年下の恵子ちゃんちに遊びに行くようになっていた。




恵子ちゃんはちっちゃなころから油絵を描いていて、

ムサビ、武蔵野美術大学にあこがれていて、

そこがだめでもせめてタマビ、多摩美術大学には行きたいらしく

恵子ちゃんは高三になった夏休みの間中ずっと、

東京にある美術専門の予備校が開く

サマースクリーングというのに参加していた。


そこで彼女はカウンターカルチャーな人々に出会い、

『部族』と呼ばれる人たちから様々な洗礼をうけて、

かえってきたのだった。


flyingsub.jpg




太っていた恵子ちゃんが、やせていた!

途中から学校ではなくて、長野のコミューンにでかけていたこと、

ヒッチハイクで移動したこと、

サーカスでアルバイトしたこと、

そのとき

「こんな素敵な笑顔ができるのならお前は大丈夫だ!」

といわれたこと、

新しい自分を見つけたから、

そんな自分に「オム」って名前をつけたこと、

オムは小夢であり、小さな夢という意味だと教えてくれた。




小さな夢で小夢、私は素敵だと思った。感動すらした。

ほかにも私はそのときはじめて「ダンジキ」という言葉と

「ゲンマイ」という言葉を耳にしたのだった。


★BGMは ★ビートルズのLucy in the Sky with Diamonds★ 
 ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィヅ・ダイアモンド


オムに生まれ変わった恵子ちゃんの言葉には、

妙な説得力があって、

オムにいわせると、明日から二学期がはじまるけれど

現役高校生の恵子ちゃんよりは

予備校生は自由な身の上であるらしく、

わたしは、親には内緒で、単独で長野にいくことを

オムに宣言したのだった。


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~ Comment ~

No title 

いつもありがとうございます。

南禅寺、何年か前に伺わせていただきました。
水道橋、印象的ですね♪

お写真も、素晴らしいです。
ありがとうございます。

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